分子標的薬をわかりやすく解説【最新版】

分子標的薬

がん治療の希望となる分子標的薬。

この記事では、その仕組み、効果、副作用、種類、費用、そして最新の研究動向まで、知りたい情報を網羅的に、かつ分かりやすく解説します。

分子標的薬がなぜがん治療の新たな選択肢として期待されるのか、その理由と可能性を深く理解し、より良い治療選択に繋がる知識を得ることができます。

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目次

分子標的薬とは

分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)は、がん細胞の増殖や転移、生存に不可欠な特定の分子(タンパク質や遺伝子など)をピンポイントで狙い撃ちにするように開発された、比較的新しいタイプのがん治療薬です。

この革新的なアプローチにより、がん治療は新たなステージへと進んでいます。

従来の抗がん剤治療が抱えていた課題を克服し、より効果的で、かつ副作用を抑えた治療法として、多くの患者さんにとって大きな希望となっています。

分子標的薬の登場は、がんという病気に対する理解が深まり、遺伝子レベルでの解析技術が進歩したことの大きな成果と言えるでしょう。

これにより、がん治療は「画一的な治療」から、患者さん一人ひとりの特性に合わせた「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」へと大きく舵を切るきっかけとなりました。

分子標的薬についてより深く理解するために、まずは従来の抗がん剤との違いや、なぜこれほどまでに注目されているのかを見ていきましょう。

これらの知識は、ご自身やご家族ががんと向き合う上で、治療法を理解し、納得して選択するための重要な情報となります。

従来の抗がん剤との違い

分子標的薬と従来の抗がん剤(細胞障害性抗がん剤とも呼ばれます)は、がん細胞にダメージを与えるという目的は同じですが、その作用の仕方や体に与える影響には大きな違いがあります。

以下の表で主な違いを整理しました。

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項目分子標的薬従来の抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)
作用の対象がん細胞の増殖や生存に関わる特定の分子のみを標的とします。細胞分裂が活発な細胞を無差別に攻撃します(がん細胞だけでなく、正常な細胞も含む)。
主な副作用標的とする分子や薬剤の種類によって異なりますが、皮膚障害(発疹、乾燥など)、下痢、高血圧、間質性肺炎などが代表的です。脱毛や強い吐き気は比較的少ない傾向にあります。脱毛、吐き気・嘔吐、口内炎、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少などによる感染症や出血リスクの増加)、倦怠感など、全身に及ぶ副作用が出やすい傾向にあります。
治療効果の予測がん細胞の遺伝子変異やタンパク質の発現を調べるバイオマーカー検査によって、分子標的薬の効果が期待できる患者さんを事前に選別(=コンパニオン診断)することが可能です。効果の予測が難しい場合が多く、実際に投与してみないと効果が分かりにくいことがあります。
投与対象特定の遺伝子変異やタンパク質の発現が確認された場合に主に用いられます。比較的多くのがん種、多くの患者さんに用いられます。

このように、分子標的薬は、がん細胞に特有の「目印」を狙うことで、正常な細胞へのダメージを極力抑えつつ、がん細胞の増殖を効果的に抑制することを目指した薬剤です。

ただし、分子標的薬にも特有の副作用があるため、その特性をよく理解し、適切に対処していくことが重要です。

詳細については、国立がん研究センターがん情報サービス「分子標的薬」のページもご参照ください。

分子標的薬が注目される理由

分子標的薬が現代のがん治療において非常に大きな注目を集め、期待されているのには、いくつかの明確な理由があります。

  • 高い治療効果への期待
    • 特定の遺伝子変異やタンパク質を有するがんに対しては、分子標的薬が従来の細胞障害性抗がん剤よりも高い治療効果や生存期間の延長を示すことがあります。

      ただし、すべての患者に当てはまるわけではなく、適切なバイオマーカー検査に基づいた適応が重要です。

      これまで治療が困難であった進行がんや再発がんにおいても、生存期間の延長や腫瘍縮小効果が報告されており、治療の選択肢を大きく広げました。
  • 副作用の軽減とQOL(生活の質)の向上
    • 従来の抗がん剤に比べて、正常細胞への影響が少ないため、脱毛や強い吐き気といった重篤な副作用が軽減される傾向にあります。

      もちろん、分子標的薬特有の副作用(皮膚障害、下痢など)はありますが、これらを適切に管理することで、患者さんは治療中も比較的高いQOL(生活の質)を維持しやすくなります。
  • 個別化医療(オーダーメイド医療)の実現
    • 分子標的薬の最大の特性は、その効果が患者さんのがん細胞の遺伝子情報に大きく左右される点です。

      治療前に遺伝子検査などを行うことで、どの分子標的薬が効果的であるかを予測し、患者さん一人ひとりに最適化された治療法を選択する「個別化医療」を推進する上で中心的な役割を担っています。
  • 新薬開発の活発化
    • がん細胞の分子メカニズムの解明が進むにつれて、新たな標的分子が次々と同定され、それに対する分子標的薬の開発も活発に行われています。

      これにより、これまで有効な治療法がなかったがん種や、既存薬に耐性を示したがんに対しても、新たな治療の道が開かれる可能性が期待されています。

これらの理由から、分子標的薬はがん治療における「希望の光」として、その研究開発と臨床応用が世界中で急速に進められています。

今後も新たな分子標的薬の登場により、がん治療はさらに進化していくことでしょう。

作用機序-がん細胞だけを狙い撃ち

分子標的薬は、がん細胞の増殖、浸潤、転移といった、がんが進行する上で中心的な役割を担う特定の分子(タンパク質や遺伝子など)だけを標的にして、その機能を阻害する薬剤です。

従来の抗がん剤が、細胞分裂が活発な細胞(がん細胞だけでなく、正常な細胞も含む)に広く作用するのに対し、分子標的薬はがん細胞に特有の、あるいはがん細胞で特に活発に働いている分子を見つけ出し、そこをピンポイントで攻撃します。

この性質から、「がん細胞を選択的に狙う薬」と表現されることもありますが、完全に正常細胞を避けられるわけではなく、標的分子が正常細胞にも存在する場合は副作用が出ることがあります。

それでも、従来の抗がん剤に比べて、正常細胞への影響を比較的抑えることができる点は大きな利点です。。

この特異的な作用は、しばしば「鍵と鍵穴」の関係に例えられ、特定の鍵(分子標的薬)が特定の鍵穴(標的分子)にだけ結合するように設計されています。

がん細胞の特定の分子とは

がん細胞が正常な細胞と異なり、無秩序に増殖し続ける背景には、細胞の設計図である遺伝子の変異や異常があります。

これらの遺伝子の異常によって、がん細胞内では特定のタンパク質が過剰に作られたり、常に活性化した状態になったりします。

これらが「がん細胞の特定の分子」であり、分子標的薬のターゲットとなります。

標的となる分子には、主に以下のようなものがあります。

  • 細胞増殖に関わる受容体やシグナル伝達分子
    • 細胞の表面にあり、外部からの「増殖せよ」という指令を受け取るアンテナのような役割を持つ「受容体(例:EGFR、HER2)」や、その指令を細胞の核に伝える「シグナル伝達分子(例:チロシンキナーゼ、RAS、RAF、MEKなど)」。がん細胞ではこれらが異常に活性化し、常に増殖のアクセルが踏まれた状態になっていることがあります。
  • 血管新生に関わる因子
    • がん細胞が大きくなるためには、酸素や栄養を運ぶ新しい血管(腫瘍血管)が必要です。この血管新生を促す「VEGF(血管内皮増殖因子)」なども標的となります。
  • 細胞周期の制御に関わる分子
    • 細胞分裂のサイクルをコントロールする分子の異常も、がん細胞の無限増殖に関わっています。
  • アポトーシス(プログラム細胞死)の制御に関わる分子
    • 正常な細胞は古くなったり傷ついたりすると自ら死んでいく仕組み(アポトーシス)がありますが、がん細胞はこの仕組みから逃れて生き延びようとします。この逃避に関わる分子も標的になり得ます。

これらの分子は、がんの種類や患者さん一人ひとりのがん細胞の特性によって異なるため、治療前に遺伝子検査などを行い、どの分子が標的となり得るかを特定することが非常に重要です。

この検査結果に基づいて、最も効果が期待できる分子標的薬が選択されます。(遺伝子検査の詳細は国立がん研究センターがん情報サービス「がんゲノム医療と遺伝子パネル検査」もご参照ください。)

分子標的薬ががん細胞の増殖を抑える仕組み

分子標的薬は、上記のような「がん細胞の特定の分子」に結合し、その働きを阻害することでがん細胞の増殖を抑えます。

その主な仕組みには、以下のようなものがあります。

  • シグナル伝達の遮断
    • がん細胞の増殖や生存に必要な「指令」の伝達経路をブロックします。例えば、異常に活性化した受容体や細胞内シグナル伝達分子の働きを抑えることで、「増殖せよ」という命令が細胞の核に届かないようにします。
  • 酵素活性の阻害
    • がん細胞の増殖に不可欠な酵素の働きを直接的に阻害します。特にチロシンキナーゼ阻害薬は、多くの分子標的薬で利用されている作用機序です。
  • 抗体による作用
    • 特定の分子に結合する抗体医薬の場合、以下のような作用も期待できます。
      1. 標的分子へのリガンド(結合物質)の結合阻害:受容体に「増殖せよ」という物質が結合するのを防ぎます。
      2. 抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性:抗体ががん細胞に結合すると、それを目印にして免疫細胞(NK細胞など)ががん細胞を攻撃します。
      3. 補体依存性細胞傷害(CDC)活性:抗体ががん細胞に結合することで補体系が活性化し、がん細胞を破壊します。
  • 血管新生の阻害
    • がん組織への栄養供給路である新しい血管が作られるのを妨げ、がん細胞を兵糧攻めにします。
  • アポトーシスの誘導
    • がん細胞が自ら死んでいくように仕向けます。

これらの作用により、分子標的薬はがん細胞の増殖を抑制したり、がんを縮小させたりする効果を発揮します。

正常細胞への影響が少ないため、従来の抗がん剤と比較して副作用の種類や程度が異なる傾向があります。

代表的な分子標的薬の種類と標的分子

分子標的薬には多くの種類があり、それぞれ標的とする分子や作用するがん種が異なります。

ここでは代表的な分子標的薬とその標的分子、主な対象がん種について紹介します。

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分子標的薬の種類主な標的分子作用の概要代表的な薬剤名(一般名)主な対象がん種
EGFR阻害薬EGFR(上皮成長因子受容体)EGFRの活性化を阻害し、がん細胞の増殖シグナルを遮断する。ゲフィチニブ、エルロチニブ、オシメルチニブ、
セツキシマブ、パニツムマブ
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん、
大腸がん(KRAS遺伝子野生型)など
HER2阻害薬HER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)HER2の活性化を阻害、またはHER2陽性がん細胞に対する免疫作用を誘導する。トラスツズマブ、ペルツズマブ、ラパチニブ、
トラスツズマブ デルクステカン
HER2陽性の乳がん、胃がん、唾液腺がんなど
ALK阻害薬ALK(未分化リンパ腫キナーゼ)
融合タンパク質
ALK融合タンパク質のキナーゼ活性を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。クリゾチニブ、アレクチニブ、ブリグチニブ、
ロルラチニブ
ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんなど
BCR-ABL阻害薬BCR-ABL融合タンパク質
(フィラデルフィア染色体産物)
BCR-ABLチロシンキナーゼの活性を特異的に阻害し、白血病細胞の増殖を抑制する。イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ、
ボスチニブ、ポナチニブ
慢性骨髄性白血病、
フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病
VEGF/VEGFR阻害薬
(血管新生阻害薬)
VEGF(血管内皮増殖因子)
またはその受容体(VEGFR)
腫瘍血管の新生を阻害し、がん細胞への栄養供給を絶つ。ベバシズマブ、ラムシルマブ、アフリベルセプト ベータ、
ソラフェニブ、スニチニブ、アキシチニブ、レンバチニブ
大腸がん、非小細胞肺がん、腎細胞がん、
肝細胞がん、卵巣がんなど
BRAF阻害薬BRAFタンパク質(セリン/スレオニンキナーゼ)の
変異体(例:V600E)
変異型BRAFのキナーゼ活性を阻害し、MAPKシグナル伝達経路を抑制する。ベムラフェニブ、ダブラフェニブ、エンコラフェニブBRAF V600遺伝子変異陽性の悪性黒色腫、
甲状腺がん、非小細胞肺がんなど
MEK阻害薬MEK1/2(MAPK/ERKキナーゼ)MEKタンパク質のキナーゼ活性を阻害し、
MAPKシグナル伝達経路を抑制する。(しばしばBRAF阻害薬と併用)
トラメチニブ、コビメチニブ、ビニメチニブBRAF V600遺伝子変異陽性の悪性黒色腫、
非小細胞肺がんなど
PARP阻害薬PARP(ポリADP-リボースポリメラーゼ)DNA一本鎖切断修復に関わるPARP酵素を阻害。
BRCA遺伝子変異などDNA修復機構に欠陥のあるがん細胞に特に有効(合成致死)。
オラパリブ、ニラパリブ、ルカパリブ、
タラゾパリブ
BRCA遺伝子変異陽性の卵巣がん、乳がん、
膵がん、前立腺がんなど
CDK4/6阻害薬CDK4/6(サイクリン依存性キナーゼ4/6)細胞周期の進行を制御するCDK4/6を阻害し、がん細胞の増殖をG1期で停止させる。パルボシクリブ、リボシクリブ、アベマシクリブホルモン受容体陽性HER2陰性の進行・再発乳がんなど

上記以外にも多くの分子標的薬が開発され、臨床で使用されています。

詳細な薬剤情報については、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のウェブサイトで患者向け医薬品ガイドや添付文書などを確認することができます。

EGFR阻害薬

EGFR(上皮成長因子受容体)は、細胞の増殖や分化に関わる重要なタンパク質です。

一部のがん細胞では、EGFR遺伝子に変異が起こったり、EGFRタンパク質が過剰に作られたりすることで、細胞増殖のスイッチが常にオンの状態になっています。

EGFR阻害薬は、このEGFRの働きを抑えることで、がん細胞の増殖シグナルを遮断します。

主に、EGFR遺伝子変異が陽性の非小細胞肺がんや、KRAS遺伝子に変異がない(野生型)大腸がんなどの治療に用いられます。

薬剤には、ゲフィチニブやエルロチニブ、オシメルチニブのような低分子化合物(チロシンキナーゼ阻害薬)と、セツキシマブやパニツムマブのような抗体医薬があります。

HER2阻害薬

HER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)は、EGFRファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼです。

一部の乳がんや胃がんなどでは、HER2タンパク質が過剰に発現している(HER2陽性)ことがあり、これががん細胞の活発な増殖に関与しています。

HER2阻害薬は、このHER2の働きを特異的に阻害したり、HER2陽性細胞に対する免疫細胞の攻撃を促したりします。

代表的な薬剤として、抗体医薬であるトラスツズマブやペルツズマブ、低分子化合物であるラパチニブ、抗体と細胞傷害性薬物を結合させた抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ デルクステカンなどがあります。

ALK阻害薬

ALK(未分化リンパ腫キナーゼ)は、細胞の増殖や生存に関わるチロシンキナーゼの一種です。

一部の非小細胞肺がんなどでは、ALK遺伝子が他の遺伝子と融合して異常な「ALK融合遺伝子」が形成されることがあります。

このALK融合遺伝子から作られるALK融合タンパク質は、恒常的に活性化し、がん細胞の増殖を促進します。

ALK阻害薬は、このALK融合タンパク質のチロシンキナーゼ活性を選択的に阻害することで、がん細胞の増殖を抑制します。

クリゾチニブが最初のALK阻害薬として登場し、その後、アレクチニブ、ブリグチニブ、ロルラチニブなど、より効果が高く脳転移にも有効性が期待できる薬剤が開発されています。

BCR-ABL阻害薬

BCR-ABL阻害薬は、慢性骨髄性白血病(CML)や一部の急性リンパ性白血病(フィラデルフィア染色体陽性ALL)の原因となる「BCR-ABL融合遺伝子」によって作られる異常なタンパク質(BCR-ABLチロシンキナーゼ)を標的とします。

このBCR-ABLチロシンキナーゼは、白血病細胞の無秩序な増殖を引き起こします。

BCR-ABL阻害薬(チロシンキナーゼ阻害薬)であるイマチニブの登場は、CMLの治療成績を劇的に改善させ、分子標的薬治療の成功例として知られています。

BCR-ABLチロシンキナーゼのATP結合部位に結合し、その活性を特異的に阻害することで、白血病細胞の増殖を抑制します。

イマチニブのほか、ダサチニブ、ニロチニブ、ボスチニブ、ポナチニブなど、より強力な効果を持つ薬剤や、耐性変異に対応した薬剤が開発されています。

VEGF阻害薬

がん細胞は増殖し大きくなるために、大量の酸素や栄養を必要とします。

そのため、がん組織は自ら新しい血管を作り出す「血管新生」という現象を引き起こします。VEGF(血管内皮増殖因子)は、この血管新生を促進する主要なタンパク質の一つです。

VEGF阻害薬は、VEGFの働きを阻害したり、VEGFが結合する受容体(VEGFR)の働きを阻害したりすることで、腫瘍血管の新生を抑制し、がん細胞への栄養供給を断つ「兵糧攻め」の効果をもたらします。

これにより、がんの増殖や転移を抑えることが期待されます。

代表的な薬剤には、抗VEGF抗体であるベバシズマブや、抗VEGFR2抗体であるラムシルマブ、複数のキナーゼを標的とするマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブ、スニチニブ、アキシチニブ、レンバチニブなど)があります。

これらは大腸がん、肺がん、腎細胞がん、肝細胞がんなど、さまざまながん種で使用されています。

免疫チェックポイント阻害薬との関連性

免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞そのものではなく、私たちの体に備わっている免疫細胞(主にT細胞)の働きを抑制する「ブレーキ役」の分子(免疫チェックポイント分子:PD-1、PD-L1、CTLA-4など)を標的とします。

がん細胞は、この免疫チェックポイントの仕組みを悪用して免疫細胞からの攻撃を逃れています。

免疫チェックポイント阻害薬は、この免疫のブレーキを解除することで、患者さん自身の免疫細胞が再びがん細胞を攻撃できるようにする薬剤です。

免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞ではなく免疫細胞(特にT細胞)の制御分子(PD-1、PD-L1、CTLA-4など)を標的とするため、厳密には「免疫療法」に分類されます。

ただし、標的分子が明確である点から、広義の分子標的治療とみなされることもあります。

近年では、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬を併用することで、より高い治療効果を目指す治療戦略も研究・開発されています。

免疫チェックポイント阻害薬の登場は、多くのがん種において治療の選択肢を大きく広げました。

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効果と期待できること

分子標的薬は、がん細胞に特有の分子を標的とすることで、従来の抗がん剤とは異なる作用機序を持ち、多くのがん種において治療効果の向上や副作用の軽減が期待されています。

ここでは、分子標的薬がもたらす具体的な効果や、がん治療における役割について詳しく解説します。

高い治療効果が期待できるがん種と分子標的薬

分子標的薬は、特定のがん種や、特定のがん細胞の遺伝子変異・タンパク質発現がある場合に、特に高い治療効果を発揮することがわかっています。

以下に、代表的ながん種と、そこで使用される分子標的薬の例を示します。

ただし、これらは一例であり、適応となる薬剤や治療法は個々の患者さんの状態やがんの種類、遺伝子検査の結果によって異なります。

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がん種標的分子 / 遺伝子変異代表的な分子標的薬(一般名 / 製品名例)
肺がん
(非小細胞肺がん)
EGFR遺伝子変異ゲフィチニブ(イレッサ)、エルロチニブ(タルセバ)、
アファチニブ(ジオトリフ)、オシメルチニブ(タグリッソ)など
肺がん
(非小細胞肺がん)
ALK融合遺伝子クリゾチニブ(ザーコリ)、アレクチニブ(アレセンサ)、
ブリグチニブ(アルンブリグ)、ロルラチニブ(ローブレナ)など
乳がんHER2タンパク質過剰発現トラスツズマブ(ハーセプチン)、ペルツズマブ(パージェタ)、
トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ)、トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)など
大腸がんEGFR(KRAS遺伝子野生型)セツキシマブ(アービタックス)、パニツムマブ(ベクティビックス)など
大腸がんVEGFベバシズマブ(アバスチン)、ラムシルマブ(サイラムザ)、
アフリベルセプト ベータ(ザルトラップ)など
慢性骨髄性白血病BCR-ABL融合遺伝子イマチニブ(グリベック)、ニロチニブ(タシグナ)、ダサチニブ(スプリセル)、
ボスチニブ(ボシュリフ)、ポナチニブ(アイクルシグ)など
悪性黒色腫
(メラノーマ)
BRAF遺伝子V600変異ベムラフェニブ(ゼルボラフ)、ダブラフェニブ(タフィンラー)、
エンコラフェニブ(ビラフトビ)など(MEK阻害薬との併用が多い)
消化管間質腫瘍
(GIST)
KIT遺伝子変異、PDGFRA遺伝子変異イマチニブ(グリベック)、スニチニブ(スーテント)、
レゴラフェニブ(スチバーガ)、アバプリチニブ(アヤキット)など

これらの薬剤は、臨床試験において高い奏効率や病勢コントロール率を示しており、対象となる患者さんにとっては非常に重要な治療選択肢となります。

最新の情報や詳細については、国立がん研究センター がん情報サービス「分子標的薬 もっと詳しく」などの信頼できる情報源もご参照ください。

生存期間の延長とQOL(生活の質)の向上

分子標的薬の登場は、多くのがん種において患者さんの生存期間の延長に大きく貢献しています。

特定の遺伝子変異などを持つ患者さんに対して適切な分子標的薬を使用することで、従来の化学療法を上回る治療効果が得られるケースが報告されています。

これは、がん細胞の増殖や転移に直接関わる分子を特異的に阻害することで、より効率的にがんの進行を抑えることができるためです。

また、分子標的薬は、がん細胞に選択的に作用するため、従来の抗がん剤でしばしば問題となる正常細胞へのダメージが比較的少ない傾向にあります(ただし、薬剤ごとに特有の副作用があります)。

これにより、脱毛、強い吐き気、骨髄抑制といった副作用が軽減される場合があり、患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を維持しながら治療を継続できる可能性が高まります。

通院での治療が可能となるケースも多く、患者さんが仕事や家庭生活といった日常生活を続けやすくなることも、QOL向上に繋がる重要なポイントです。

「がんと共に生きる」という考え方を支える治療法の一つと言えるでしょう。

個別化医療における分子標的薬の役割

分子標的薬は、「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」を推進する上で中心的な役割を担っています。

個別化医療とは、個々の患者さんのがんの性質(遺伝子情報など)を詳細に調べ、その結果に基づいて最適な治療法を選択するアプローチです。

分子標的薬による治療を行う前には、多くの場合、がん組織や血液を用いた遺伝子検査(コンパニオン診断薬を用いた検査など)が実施されます。

この検査によって、特定の分子標的薬の効果が期待できる遺伝子変異やタンパク質発現の有無を確認します。

検査結果に基づいて薬剤を選択することで、治療効果を高め、不要な副作用を回避することが期待できます。

近年では、一度に多数の遺伝子を調べる「がんゲノムプロファイリング検査(がん遺伝子パネル検査)」も保険適用となり、より多くの患者さんが個別化医療の恩恵を受けられるようになってきました。

この検査により、稀な遺伝子変異が見つかり、既存の分子標的薬や開発中の新薬の臨床試験への参加機会が得られることもあります。

分子標的薬は、このように一人ひとりの患者さんに最適化された「オーダーメイド型」のがん治療を実現するための鍵となる薬剤であり、その重要性はますます高まっています。

知っておきたい副作用と対策

分子標的薬は、がん細胞の増殖や生存に関わる特定の分子だけを狙って作用するため、従来の抗がん剤に比べて高い治療効果が期待できる一方で、特有の副作用が現れることがあります。

しかし、これらの副作用は早期に発見し、適切に対処することで、症状をコントロールしたり、重症化を防いだりすることが可能です。

この章では、分子標的薬の代表的な副作用とその対策について詳しく解説します。

分子標的薬に特有の副作用の症状

分子標的薬の副作用は、標的とする分子の種類や薬剤によって異なります。

また、同じ薬を使用しても、副作用の現れ方や程度には個人差があります。

ここでは、比較的多くの分子標的薬で見られる可能性のある副作用や、特に注意が必要な副作用について説明します。

皮膚障害 発疹や乾燥など

皮膚障害は、分子標的薬の副作用として非常に多く見られる症状の一つです。

特にEGFR阻害薬などでは高頻度に発生します。主な症状には以下のようなものがあります。

  • ざ瘡(そう)様皮疹
    • にきびのような赤いブツブツが顔、頭皮、胸、背中などに現れます。かゆみや痛みを伴うこともあります。
  • 皮膚乾燥・亀裂
    • 皮膚がカサカサになり、ひび割れやかゆみが生じやすくなります。
  • 爪囲炎(そういえん)
    • 手足の爪の周囲が赤く腫れたり、膿が出たり、痛んだりします。
  • 手足症候群
    • 手や足の裏が赤くなったり、腫れたり、ヒリヒリとした痛みや感覚の鈍化、水ぶくれなどができることがあります。従来の抗がん剤で見られるものとは症状の現れ方が異なる場合があります。
  • その他
    • 色素沈着、脱毛(従来の抗がん剤とは異なり、軽度なことが多い)、毛髪の異常(縮れ毛、軟毛化など)などが起こることもあります。

これらの皮膚症状は、治療開始後比較的早い段階(数週間以内)から現れることが多いですが、適切なスキンケアや治療によってコントロールできる場合がほとんどです。

消化器症状 下痢や吐き気など

消化器系の副作用も、分子標的薬で比較的よく見られます。

主な症状は以下の通りです。

  • 下痢
    • 多くの分子標的薬で見られる可能性があり、重症化すると脱水症状を引き起こすため注意が必要です。
  • 吐き気・嘔吐
    • 従来の抗がん剤ほど強くない場合が多いですが、見られることがあります。
  • 口内炎
    • 口の中の粘膜が荒れて、痛みや食事の摂取困難を引き起こすことがあります。
  • 食欲不振
    • 上記の症状や味覚の変化などにより、食欲が低下することがあります。
  • 便秘
    • 薬剤によっては便秘が起こることもあります。

これらの症状は、食事の工夫や薬剤の使用によって軽減できる場合があります。

高血圧

血管新生阻害薬(VEGF阻害薬など)を使用した場合に、副作用として高血圧が現れることがあります。

治療開始前からもともと高血圧のある方はもちろん、そうでない方も定期的な血圧測定が重要です。

必要に応じて降圧剤による治療が行われます。

間質性肺炎

間質性肺炎は、頻度は低いものの、命に関わる可能性のある重篤な副作用です。

肺の間質という部分に炎症が起こる病気で、EGFR阻害薬やALK阻害薬など一部の分子標的薬で報告されています。

初期症状としては、以下のようなものがあります。

  • 空咳(痰の絡まない咳)
  • 息切れ、呼吸困難(特に体を動かした時)
  • 発熱

これらの症状は風邪と似ているため見過ごされやすいですが、疑わしい症状が現れた場合は、自己判断せずに直ちに医療機関に連絡し、医師の診察を受ける必要があります。

早期発見と早期治療が極めて重要です。

詳細については、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の注意喚起情報なども参考にしてください。

その他注意すべき副作用

上記以外にも、分子標的薬の種類によってさまざまな副作用が現れる可能性があります。

代表的なものを以下に示します。

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副作用主な症状・注意点
肝機能障害倦怠感、食欲不振、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、吐き気など。定期的な血液検査でチェックします。
腎機能障害むくみ、尿量減少、倦怠感など。定期的な血液検査や尿検査でチェックします。
心機能障害息切れ、動悸、胸痛、むくみなど。HER2阻害薬などで見られることがあります。定期的な心機能検査が必要です。
甲状腺機能異常甲状腺機能低下症(倦怠感、むくみ、寒気、体重増加など)や甲状腺機能亢進症(動悸、体重減少、手の震え、多汗など)が起こることがあります。定期的な血液検査でチェックします。
血液毒性白血球減少(感染しやすくなる)、血小板減少(出血しやすくなる)、貧血(めまい、ふらつき、息切れなど)が起こることがあります。従来の抗がん剤に比べると頻度や程度は低いことが多いですが、注意は必要です。
疲労感・倦怠感多くの分子標的薬で報告されています。日常生活に支障が出る場合は医師に相談しましょう。
味覚障害食べ物の味が変わったり、特定の味が感じにくくなったりすることがあります。
出血傾向血管新生阻害薬などで、鼻血、歯茎からの出血、皮下出血などが見られることがあります。
血栓塞栓症血管新生阻害薬などで、まれに深部静脈血栓症や肺塞栓症などの血栓症が起こることがあります。急な足の腫れや痛み、胸痛、呼吸困難などが現れた場合はすぐに医療機関を受診してください。
高血糖一部の薬剤で血糖値が上昇することがあります。糖尿病の既往がある方や血糖値が高めの方は特に注意が必要です。

これらの副作用は、すべての患者さんに現れるわけではありません。

気になる症状がある場合は、遠慮なく医師や看護師、薬剤師に相談してください。

副作用が出た場合の対処法と医療機関との連携

分子標的薬による治療中に何らかの副作用が現れた場合、最も重要なのは自己判断せずに、速やかに主治医や看護師、薬剤師に連絡・相談することです。

副作用の症状や程度によっては、薬剤の減量や一時的な休薬、あるいは副作用を和らげるための支持療法(対症療法)が必要になることがあります。

医療機関に連絡する際には、以下の情報を伝えるとスムーズです。

  • いつからどのような症状が出ているか
  • 症状の程度(日常生活にどの程度影響があるかなど)
  • 体温や血圧などの測定値(もしあれば)
  • 他に服用している薬やサプリメント

医師はこれらの情報をもとに、副作用の原因を特定し、適切な対処法を検討します。

例えば、皮膚障害に対しては保湿剤やステロイド外用薬の処方、下痢に対しては止痢剤の処方や食事指導などが行われます。

重篤な副作用が疑われる場合には、原因薬剤の中止や入院治療が必要になることもあります。

副作用を記録しておくことも大切です。

「いつ、どんな症状が、どのくらいの強さで現れたか」「どのように対処したか」などをメモしておくと、医師や看護師に正確に伝えることができ、適切なアドバイスを受けやすくなります。

最近では、副作用記録用のアプリなども活用できます。

がん治療はチーム医療で行われます。医師だけでなく、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなど、多くの専門家が患者さんをサポートします。

副作用に関する悩みや不安は、遠慮なく医療スタッフに相談しましょう。

副作用を軽減するための日常生活での注意点

分子標的薬の副作用を完全に防ぐことは難しいですが、日常生活でいくつかの点に注意することで、症状を軽減したり、快適に過ごしたりするための工夫ができます。

  • スキンケア
    • 皮膚の清潔を保ち、保湿を心がけましょう。入浴時は熱いお湯や長時間の入浴を避け、低刺激性の石鹸をよく泡立てて優しく洗い、こすらないようにします。入浴後はすぐに保湿剤(医師から処方されたものや、低刺激性のもの)を塗りましょう。
    • 紫外線は皮膚症状を悪化させることがあるため、外出時には帽子や日傘、長袖の衣服などで物理的に遮光し、日焼け止め(低刺激性のもの)を使用しましょう。
    • 衣類は、木綿など肌触りの良い素材を選び、締め付けの少ないゆったりとしたものを着用しましょう。
  • 口腔ケア
    • 口内炎予防のために、食後や就寝前に歯磨きやうがいを丁寧に行い、口の中を清潔に保ちましょう。歯ブラシは柔らかいものを選び、歯磨き粉は低刺激性のものが推奨されます。
    • 熱いもの、辛いもの、酸味の強いものなど、刺激の強い食べ物や飲み物は避けましょう。
    • 口の中が乾燥する場合は、こまめに水分を摂ったり、保湿スプレーを使用したりしましょう。
  • 食事の工夫
    • 下痢の時は、消化の良いもの(おかゆ、うどん、白身魚、鶏のささみ、豆腐など)を選び、脂っこいものや食物繊維の多いもの、乳製品、冷たい飲み物は避けましょう。水分と電解質(スポーツドリンクなど)を十分に補給することが大切です。
    • 吐き気がある時は、無理に食べようとせず、食べられるものを少量ずつ、数回に分けて摂るようにしましょう。においの少ないもの、口当たりの良いものを選ぶと良いでしょう。
    • 食欲がない時でも、栄養バランスを考え、少量でも栄養価の高いものを摂るように工夫しましょう。栄養補助食品の利用も検討できます。
  • 感染予防
    • 白血球が減少すると感染しやすくなるため、手洗いやうがいを徹底し、人混みを避けるなど、感染予防に努めましょう。
    • 発熱や咳、喉の痛みなど、感染症が疑われる症状が出た場合は、速やかに医療機関に連絡してください。
  • 十分な休息と睡眠
    • 疲労感や倦怠感が出やすいので、無理をせず、十分な休息と睡眠をとりましょう。
  • 適度な運動
    • 体調が良い時には、ウォーキングなどの軽い運動を行うことで、体力維持や気分のリフレッシュにつながることがあります。ただし、無理は禁物です。
  • 禁煙・節酒
    • 喫煙や過度の飲酒は、副作用を悪化させたり、治療効果を妨げたりする可能性があるため、禁煙し、飲酒は控えましょう。
  • 精神的なケア
    • 副作用によるつらさや治療への不安は、精神的なストレスとなることがあります。家族や友人、医療スタッフに相談したり、患者会などを利用したりして、一人で抱え込まないようにしましょう。

これらの注意点は一般的なものであり、使用する薬剤や患者さんの状態によって異なります。

具体的なケア方法については、必ず医師や看護師、薬剤師の指示に従ってください

副作用と上手に付き合いながら、分子標的薬治療を継続していくことが大切です。

治療の流れと費用について

分子標的薬による治療は、がんの種類や進行度、そして患者さん自身の遺伝子情報に基づいて進められます。

ここでは、治療開始までのプロセス、治療中の一般的な流れ、そして多くの患者さんが気になる費用とそれを支える制度について詳しく解説します。

遺伝子検査の重要性 適切な分子標的薬を選ぶために

分子標的薬は、がん細胞の増殖や生存に関わる特定の分子(遺伝子変異やタンパク質など)をピンポイントで攻撃する薬剤です。

そのため、どの分子標的薬が効果を示すかは、患者さん一人ひとりのがん細胞が持つ遺伝子の特徴によって大きく異なります

この遺伝子の特徴を明らかにするために行われるのが「遺伝子検査」です。

代表的な遺伝子検査には、以下のものがあります。

  • コンパニオン診断
    • 特定の分子標的薬の効果が期待できるか、あるいは副作用のリスクが高いかを判断するために行われる検査です。薬剤とセットで開発・承認されることが多く、その薬剤を使用するための必須条件となる場合があります。
  • がんゲノムプロファイリング検査(がん遺伝子パネル検査)
    • 数百に及ぶ多数の遺伝子を一度に調べ、がん細胞の遺伝子変異の全体像を把握する検査です。標準治療が終了した、または見つからない固形がんの患者さんなどを対象に、新たな治療薬の選択肢を探す「がんゲノム医療」の中核を担います。この検査の結果、臨床試験中の薬剤を含め、効果が期待できる分子標的薬が見つかる可能性があります。

検査は、手術や生検で採取されたがん組織、あるいは血液(リキッドバイオプシーと呼ばれる方法)を用いて行われます。

遺伝子検査の結果、効果が期待できる分子標的薬が見つかれば、より個別化された治療(プレシジョン・メディシン)の実現につながり、治療効果の向上や副作用の軽減が期待できます。

また、効果の低い薬剤の使用を避けることにも役立ちます。

遺伝子検査の費用は、検査の種類や内容によって異なります。

コンパニオン診断の多くや、一部のがんゲノムプロファイリング検査は保険適用となっていますが、適用条件が細かく定められています。

治療開始前に、主治医とよく相談し、検査の意義や費用について十分な説明を受けることが大切です。

分子標的薬治療開始から効果判定までの一般的な流れ

分子標的薬による治療は、患者さんの状態やがんの種類、使用する薬剤によって異なりますが、一般的な流れは以下の通りです。

  1. 遺伝子検査と薬剤の選択
    上記で述べた遺伝子検査の結果や、がんの種類、進行度、患者さんの全身状態などを総合的に評価し、担当医が最も適切と考えられる分子標的薬を選択します。
  2. 治療計画の説明とインフォームド・コンセント
    選択された分子標的薬について、期待される効果、起こりうる副作用とその対策、治療スケジュール、費用などについて、医師から詳しい説明があります。

    患者さんとご家族が十分に理解し、納得した上で治療に同意する(インフォームド・コンセント)ことが重要です。
  3. 治療開始
    分子標的薬には、錠剤やカプセルなどの内服薬(経口薬)と、点滴や皮下注射などの注射薬があります。

    内服薬の場合は、医師の指示通りに自宅で服用します。注射薬の場合は、通院または入院して投与を受けます。

    薬剤ごとに用法・用量が厳密に定められており、自己判断で量を変えたり中断したりせず、医師の指示を必ず守ることが治療効果を得るために不可欠です。
  4. 副作用のモニタリングと管理
    治療期間中は、定期的な診察や血液検査、画像検査などを行い、副作用の発現状況を注意深く観察(モニタリング)します。

    分子標的薬特有の副作用(皮膚症状、下痢、高血圧など)が現れた場合は、症状を和らげるための支持療法を行ったり、必要に応じて薬剤の減量、一時的な休薬、あるいは薬剤の変更を検討します。
  5. 治療効果の判定
    治療開始から一定期間(通常1~3ヶ月程度、薬剤やがん種により異なります)が経過した後、CT検査、MRI検査、PET検査などの画像検査や、腫瘍マーカーの測定などを行い、治療効果を評価します。

    効果が確認され、副作用が許容できる範囲であれば、治療を継続します。

    効果が見られない場合や、重篤な副作用が出現した場合は、治療方針の変更を検討します。

この流れはあくまで一般的なものであり、個々の患者さんの状況に応じて調整されます。

不安な点や疑問点は、遠慮なく主治医や看護師、薬剤師に相談しましょう。

分子標的薬の費用と医療費助成制度の活用

分子標的薬は、その開発に最先端の科学技術と長い年月、そして莫大な研究開発費が投じられるため、薬価が従来の抗がん剤と比較して高額になる傾向があります。

しかし、日本には医療費の負担を軽減するための公的な制度が複数用意されています。

これらの制度を上手に活用することで、経済的な負担を抑えながら治療に専念することが可能です。

医療費の目安

分子標的薬の費用は、使用する薬剤の種類、投与量、投与期間、患者さんの体重や体表面積などによって大きく変動します。

1ヶ月あたりの薬剤費だけでも数十万円から百万円を超えるケースも少なくありません。

これに加えて、診察料、検査料、入院が必要な場合は入院費などが別途かかります。

具体的な費用については、治療開始前に主治医や病院の相談窓口(医療ソーシャルワーカーなど)に確認することが重要です。

高額療養費制度

高額療養費制度は、医療機関や薬局の窓口で支払った医療費(保険診療分)が、暦月(月の初めから終わりまで)で一定の自己負担限度額を超えた場合に、その超えた金額が後から払い戻される制度です。

自己負担限度額は、年齢(70歳未満か70歳以上か)や所得区分によって異なります。

事前に「限度額適用認定証」を入手し、医療機関の窓口に提示することで、窓口での支払いを自己負担限度額までにとどめることができます(入院・外来ともに適用)。

「限度額適用認定証」は、ご加入の公的医療保険(健康保険組合、協会けんぽ、市区町村の国民健康保険、後期高齢者医療制度など)の窓口に申請することで交付されます。

詳しくは、厚生労働省のウェブサイトや、ご加入の医療保険者にお問い合わせください。
参考: 高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省)

医療費控除

医療費控除は、1年間(1月1日から12月31日まで)に支払った医療費の総額が一定額(原則として10万円)を超えた場合に、確定申告を行うことで所得控除を受けられ、結果として所得税や住民税が軽減される制度です。

本人だけでなく、生計を一にする配偶者やその他の親族のために支払った医療費も合算できます。

対象となる医療費には、医師による診療費や治療費、医薬品の購入費(市販薬も一部対象)、通院にかかった交通費(公共交通機関)、入院時の部屋代・食事代などが含まれます。

領収書は必ず保管しておきましょう。

詳しくは、国税庁のウェブサイトや最寄りの税務署にお問い合わせください。
参考: No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除)(国税庁)

その他の医療費助成・支援制度

上記の制度以外にも、以下のような制度や仕組みが利用できる場合があります。

  • 付加給付制度
    • 一部の健康保険組合では、高額療養費制度による自己負担限度額よりもさらに低い独自の限度額を設定し、それを超えた分を給付する「付加給付」を行っている場合があります。ご加入の健康保険組合にご確認ください。
  • 傷病手当金
    • 健康保険の被保険者が、病気やケガのために仕事を休み、給与の支払いがないか減額された場合に、生活を保障するために支給される手当です。
  • 障害年金
    • 病気やケガによって、生活や仕事などが制限されるようになった場合に、現役世代の方も含めて受け取ることができる年金です。
  • がん保険・医療保険
    • 民間の保険に加入している場合は、診断給付金や入院給付金、手術給付金、通院給付金などが受け取れることがあります。契約内容を確認してみましょう。
  • 地方自治体独自の助成制度
    • お住まいの都道府県や市区町村によっては、独自の医療費助成制度を設けている場合があります。
  • 患者申出療養制度
    • 国内未承認薬などを迅速に保険外併用療養として使用したいという患者さんの思いに応えるため、患者さんからの申出を起点として、国が安全性・有効性などを確認し、保険外併用療養として使用できる制度です。

医療費に関する不安や疑問、利用できる制度については、一人で抱え込まず、病院内に設置されている「がん相談支援センター」や医療ソーシャルワーカー、ファイナンシャルプランナーなどに相談することをおすすめします。

専門家が個々の状況に合わせて適切なアドバイスや情報提供を行ってくれます。

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最新動向と今後の展望

分子標的薬によるがん治療は、がんゲノム医療の進展とともに日進月歩で進化しており、新たながん種への適応拡大や、より効果の高い薬剤の開発が世界中で精力的に進められています。

ここでは、分子標的薬の最新動向と今後の展望について解説します。

新たな標的分子の発見と新薬開発の進捗

がん細胞の増殖や生存に関わる新たな分子標的が次々と同定され、それらをターゲットとした新薬開発が活発に行われています。

これにより、これまで治療法が限られていたがん種や、特定の遺伝子変異を持つ患者さんに対しても、新たな治療選択肢が提供される可能性が広がっています。

リキッドバイオプシー技術の進化と臨床応用

リキッドバイオプシーは、血液などの体液サンプルからがん細胞由来の遺伝子変異を検出する技術です。

従来の組織生検に比べて低侵襲であり、繰り返し検査を行うことが可能です。

この技術の進化により、治療効果のモニタリングや耐性出現の早期発見、さらには新たな治療標的の探索がより効率的に行えるようになると期待されています。

例えば、治療経過中にリキッドバイオプシーで新たな遺伝子変異が見つかれば、それに応じた次の治療戦略を立てる一助となります。

AI(人工知能)を活用した創薬研究の加速

膨大な医療データや化合物情報をAIが解析することで、新薬候補の探索や開発期間の短縮、成功確率の向上が期待されています。

AIは、未知の標的分子の予測や、既存薬の新たな効果(ドラッグリポジショニング)の発見にも貢献し始めており、分子標的薬開発の新たな推進力となっています。

開発が進む代表的な分子標的薬の例

現在、多くのがん種や遺伝子変異に対して、新たな分子標的薬の臨床試験が進行中です。

以下にその一部を示します。

スクロールできます
標的分子/作用機序の例期待される対象がん種(一部)開発の方向性
KRAS阻害薬(特にG12C変異など)肺がん、大腸がん、膵臓がんなどこれまで治療標的とすることが難しかったKRAS変異に対する薬剤開発が進展。
RET融合遺伝子阻害薬肺がん、甲状腺がんなど特定の融合遺伝子を持つがんに高い効果を示す薬剤が登場。
NTRK融合遺伝子阻害薬固形がん全般(臓器横断的)がん種を問わず、特定の遺伝子異常があれば使用できる薬剤の代表例。
次世代EGFR阻害薬EGFR遺伝子変異陽性肺がん
(耐性変異対応など)
既存薬への耐性が出現した症例にも効果が期待される薬剤。
細胞周期関連分子阻害薬
(CDK4/6阻害薬など)
乳がん、その他固形がん細胞増殖のサイクルを標的とし、他剤との併用効果も期待。

これらの薬剤開発の最新情報については、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のウェブサイトなどで公開される新薬承認情報や、各製薬企業の発表をご参照ください。

分子標的薬の耐性問題とその克服に向けた研究

分子標的薬は高い治療効果を示す一方で、治療を継続するうちにがん細胞が薬剤に対する耐性を獲得してしまうことが大きな課題です。

耐性が生じると、薬剤の効果が低下したり、失われたりします。この耐性問題を克服するために、様々な研究が進められています。

耐性獲得メカニズムの解明

がん細胞が分子標的薬に対して耐性を獲得するメカニズムは多様です。

標的分子そのものに新たな遺伝子変異が生じる場合や、標的分子を迂回する別の増殖シグナル経路が活性化する場合などがあります。

これらのメカニズムを詳細に解明することが、耐性克服戦略の第一歩となります。

次世代薬剤の開発と耐性克服戦略

耐性メカニズムに対応した次世代の分子標的薬の開発が進められています。

例えば、耐性変異が生じた標的分子にも結合できる薬剤や、活性化した迂回経路を阻害する薬剤などが研究されています。

また、複数の分子標的薬を組み合わせたり、異なる作用機序の薬剤と併用したりすることで、耐性の出現を遅らせたり、克服したりする試みも行われています。

分子標的薬と他の治療法との併用療法の可能性

分子標的薬の治療効果をさらに高め、副作用を軽減するために、他の治療法との併用療法が積極的に研究・開発されています。

個々のがんの状態や患者さんの特性に合わせた最適な組み合わせを見つけることが重要です。

免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬など)との併用

分子標的薬ががん細胞にダメージを与えることで、がん細胞が免疫細胞に認識されやすくなり、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める可能性が示唆されています。

逆に、免疫療法が分子標的薬の効果を高めるケースも報告されており、相乗効果を期待した併用療法の開発が多くの種類のがんで進んでいます

化学療法や放射線治療との組み合わせ

従来の化学療法や放射線治療と分子標的薬を組み合わせることで、治療効果の向上や、各治療法の投与量・照射量を減らすことによる副作用軽減が期待されます。

例えば、分子標的薬でがん細胞の増殖を抑えつつ、化学療法で残存するがん細胞を叩くといった戦略や、分子標的薬でがん細胞を放射線感受性の高い状態にしてから放射線治療を行うといったアプローチがあります。

個別化併用療法の進展

将来的には、遺伝子検査やバイオマーカー解析の結果に基づき、個々の患者さんにとって最も効果的で副作用の少ない治療法の組み合わせ(個別化併用療法)が選択される時代が到来すると考えられています。

そのためには、さらなる臨床研究とデータ蓄積が不可欠です。

分子標的薬は、がん治療をより個別化し、効果的かつ安全なものへと導くための鍵となる治療法として、今後もその発展が大いに期待されています。

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まとめ

分子標的薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の分子のみを標的とするため、従来の抗がん剤と比較して副作用を抑えつつ、高い治療効果が期待できる新しいがん治療の選択肢です。

遺伝子検査により適切な薬剤を選ぶことで、より個別化された治療が可能となり、生存期間の延長やQOL(生活の質)の向上が見込めます。

副作用もありますが、その特性を理解し適切に対処することが重要です。

分子標的薬の正しい知識を得て、希望あるがん治療へとつなげましょう。

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