※当サイトに記載のあるプレシジョン・メディシンとは、がん個別化医療の総称と定義しています。国立がん研究センター「がん情報サービス:「がんゲノム医療」及び同サイト内「免疫療法とは?」という2つのメインテーマの関連性や今後の見通しを客観的情報をもとに整理したものとなります。

プレシジョン・メディシンとは

プレシジョン・メディシン(Precision Medicine)は、日本語で「精密医療」とも呼ばれる、患者一人ひとりに合わせたオーダーメイド型の医療です。遺伝情報や生活環境、体質などを基にして、最適な治療を選択する新しいアプローチとして注目されています。

がんだけに限った話ではなく、幅広くプレシジョンメディシンが活用されていく未来が日夜研究されてますが、がん領域におけるプレシジョンメディシンが最も研究が進んでいる分野といえます。

従来型のがん治療では、臓器別に過去の統計から有効だと思われる薬剤を試していく方法で、実際に患者さんに投与をしてみるしか効果があるかはわからないものでした。一方プレシジョンメディシンでは、がんの原因となる遺伝子変異を特定することで効果がある可能性が高い薬剤を優先的に利用して治療を行うことができます。

元来的な殺細胞障害性抗がん剤と異なり、体に対するダメージ(非侵襲的)が抑えられることも期待されています。

プレシジョンメディシン―病と向き合うすべての人に希望ある選択肢を|三菱ケミカルグループ
三菱ケミカルグループ「プレシジョンメディシン〜病と向き合う全ての人に希望ある選択肢を〜

起源と歴史

プレシジョン・メディシンの起源は、1990年代に開始されたヒトゲノム計画(Human Genome Project)にあります。このプロジェクトは、2003年に全ヒト遺伝情報の解読を完了し、個別化医療の基盤を築きました。その後、分子標的薬の開発やがんゲノム医療の研究が進み、プレシジョンメディシンの概念が具体化していきました。

THE PRECISION MEDICINE INITIATIVE(the WHITE HOUSE President BARACK OBAMA)

2015年、アメリカのバラク・オバマ大統領が”Precision Medicine Initiative”を発表し、プレシジョンメディシンを推進するための2.15億ドルと大規模な研究と政策が開始されました。この取り組みは、患者一人ひとりに最適な治療を提供することを目指し、遺伝子解析技術や人工知能の活用による医療の進化を加速させています。

プレシジョンメディシンの基本的な考え方

がん治療におけるプレシジョンメディシンの役割

従来のがん治療では、全ての患者に対して同じ薬や治療法を用いることが一般的でした。しかし、がんの原因や性質は患者によって異なることがわかっています。プレシジョンメディシンでは、患者の遺伝子情報を解析し、それに基づいて最適な治療薬や治療法を選びます。これにより、治療の効果が高まり、副作用を軽減できる可能性が広がります。

従来治療とプレシジョンメディシンの差
江戸川プラスクリニック「プレシジョンメディスン」より画像引用

※現状は、次世代シーケンサー(NGS)という装置を利用して遺伝子変異を特定することが一般的ですが検査を行ったとしても100%遺伝子変異が見つかるものではありません。
※遺伝子変異が見つかっても現在まだ薬剤が治験段階や未開発ということもございます。

プレシジョンメディシンを支えるNGS

次世代シーケンサーが切り開く未来

遺伝子解析技術は、近年驚異的な進化を遂げています。その中心にあるのが、次世代シーケンサー(Next-Generation Sequencer, NGS)と呼ばれる技術です。NGSはDNAやRNAの配列情報を一度に大量に解析できる画期的な手法で、医療から農業、さらには環境科学に至るまで、さまざまな分野で利用されています。

natureダイジェスト「1000ドルゲノム」成功への軌跡

※ヒトゲノム計画(Human Genome Project)以降、ムーアの法則に則り成長していたDNA配列解読のコストダウンはNGSの登場した2007年ごろから急速に成長を遂げ、現代では全配列を研究室レベルでは1000ドルほどで解析できるようになった。

次世代シーケンサー(NGS)の革新性

NGSの最大の特長は、その圧倒的な処理能力と精度です。一度の解析で数十億塩基対もの遺伝子情報を短時間で読み取ることが可能で、がんの遺伝子変異解析やリキッドバイオプシー、さらには感染症の病原体特定などに応用されています。

特にリキッドバイオプシーでは、血液中にわずかに含まれる腫瘍由来のDNA(cfDNA)や循環腫瘍細胞(CTC)を解析することで、患者の体への負担を最小限に抑えつつ、がんの早期発見や治療効果のモニタリングが可能になります。また、NGSは治療中に変化する遺伝子変異をリアルタイムで追跡する能力を持ち、薬剤耐性の発現や新たな治療ターゲットの発見を可能にしています。

リキッドバイオプシーによるNon-coding RNAを用いた診断法の開発
東京医科大学「リキッドバイオプシーによる低侵襲性の診断法の開発」

医療における遺伝子解析の最前線

遺伝子解析は、がん治療におけるプレシジョンメディシン(がん個別化医療)の基盤を形成しています。次世代シーケンサーを用いることで、患者ごとのがん遺伝子プロファイルを詳細に解析し、分子標的薬や免疫療法の選択を支援します。

さらに、免疫療法においては、患者のHLA型を解析することで、がん細胞が持つ遺伝子変異(ネオアンチゲン)を特定し、免疫系ががん細胞を効率的に攻撃できるよう調整します。NGSはこのHLA解析にも用いられ、免疫療法の精度向上に大きく貢献しています。

プレシジョンメディシンがもたらすメリット

患者一人ひとりに最適な治療法の提供

プレシジョンメディシンの最大の魅力は、患者それぞれに合わせた治療が可能になることです。例えば、分子標的薬はがん細胞の特定の遺伝子変異を直接利用するため、がんの進行を効果的に抑えます。

また、免疫療法は患者の免疫機能を活性化することで、がん細胞を特異的に攻撃します。これらの治療法は、遺伝情報に基づいて選ばれるため、従来よりも高い治療効果が期待できます。

早期発見と治療効果のモニタリング

プレシジョンメディシンでは、遺伝子検査を用いて病気を早期に発見し、治療の進捗を細かくモニタリングすることができます。例えば、リキッドバイオプシーを用いてがんの進行をリアルタイムで監視し、治療法の適切な調整を行うことができます。これにより、患者の状態に応じた柔軟な治療が可能になります。

がんプレシジョン医療の全体像
がん治療新時代WEB

日本におけるプレシジョンメディシンの取り組み

がんゲノム医療とC-CATの役割

日本におけるプレシジョンメディシンは、主にがんゲノム医療を中心に進展しています。がんゲノム医療の国家プロジェクトの一環として設立された「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」は、患者のゲノム情報を収集・解析し、最適な治療法の選択を支援する役割を担っています。C-CATでは、全国の医療機関から集まるデータを基に、患者ごとに個別化された治療を可能にする情報を提供しています。

C-CATのデータベースを活用することで、患者に適した治療法が迅速に提示され、また新しい治療法の開発や臨床試験の実施が促進されています。このような取り組みは、がん治療における個別化医療の実現に大きく貢献しています。

C-CAT仕組み図
がんゲノム医療とC-CAT

がん免疫プレシジョンメディシンへの展望

がんゲノム医療が進展する中、がん免疫療法の分野でも新たな可能性が広がっています。その中心的な役割を果たしたのが、京都大学の本庶佑先生の研究です。1992年に発見された免疫チェックポイント分子「PD-1」は、がん細胞が免疫系の攻撃を回避する仕組みを解明しました。

この発見を基に、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブなど)が開発され、2014年7月に日本で初めて「悪性黒色腫」で承認されました。その後臓器横断的に承認が進んでいます。

本庶先生の研究成果は、がん免疫療法の基盤を築いただけでなく、プレシジョンメディシンの新たな領域を切り開きました。2018年には、この業績が評価され、ノーベル生理学・医学賞が授与されました。現在、PD-1阻害薬は多くのがん種で使用されており、今後の免疫プレシジョンメディシンの発展に向けた重要な基盤となっています。

さらに、がん免疫療法では、エフェクターT細胞療法やCAR-T細胞療法といった技術も注目されています。エフェクターT細胞療法は、患者自身のT細胞を取り出して遺伝子操作を施し、がん細胞を特異的に攻撃する能力を強化する治療法です。

エフェクターT細胞療法の1種類であるCAR-T細胞療法では、患者自身のT細胞を取り出しキメラ抗原受容体(CAR;Chimeric Antigen Receptor)を導入し、生体外で培養したのち患者に再度戻すことでCAR-T細胞にがん細胞を攻撃させる治療法です。現在は標準的な治療が奏効しない難治性の白血病やリンパ腫のような血液のがんでは保険収載されており今後固形がんにも発展すると言われています。

これらの研究とC-CATの取り組みが融合することで、がん免疫療法とゲノム医療を統合した新たなプレシジョンメディシンの形が模索されており、さらなる進化が期待されています。

CAR-T細胞療法
ノイルイミューン・バイオテック株式会社「PRIME CAR-T」

臨床試験と患者支援:DCTの可能性

新しい治療法を広めるためには、臨床試験への参加環境を整えることが不可欠です。従来の臨床試験では、患者が治験実施医療機関に頻繁に通院する必要がありましたが、最近では DCT(Decentralized Clinical Trial:分散型臨床試験) の導入が進み、患者の負担を軽減しながら効率的に試験を進める取り組みが注目されています。DCTでは、オンライン診療(Telemedicine)やリモートデータ収集(Remote Data Collection)、電子同意(eConsent)などのデジタルツールを活用することで、患者は自宅や身近な医療機関で治験に参加することが可能になります。

特に、がんゲノム医療においては、C-CATのデータベースを活用し、患者ごとに適した臨床試験や治療法を迅速に提供する取り組みが進んでいます。DCTの手法を導入することで、地理的な制約を受けることなく、より多くの患者が最新の治療法にアクセスできる可能性が広がっています。

また、患者支援の充実も重要な課題です。DCTでは、従来の対面診療に比べて患者とのコミュニケーションが減る可能性があるため、治療に関する情報をわかりやすく提供し、適切なフォローアップを行うことが求められます。専門医やカウンセラーが、オンライン診療を活用しながら丁寧な説明を行い、患者の不安を軽減できる体制を整えることが必要です。

DCTの発展により、臨床試験のあり方が変わりつつあります。これからの医療では、患者の負担を最小限にしつつ、より多くの人が治験に参加できる環境を整えることが、治療の進歩に不可欠な要素となるでしょう。

DCT概要図
医療機関への来院に依存しない臨床試験手法の導入及び活用の方法に関する説明スライド集p14

プレシジョンメディシンの未来

日々進化する技術

プレシジョンメディシンは、遺伝子解析技術や人工知能(AI)の発展とともに進化しています。これにより、病気の原因を特定し、より効果的な治療法を開発するスピードが加速しています。特に、分子標的薬と免疫療法の相乗効果を最大限に引き出す研究が進行中です。

医療AI研究分野の取り組み
国立がん研究センター「医療AI研究開発分野」

がん治療の未来を支えるプレシジョンメディシン

プレシジョンメディシンの発展は、がん治療において新たな希望をもたらしています。がん免疫療法とがんゲノム医療は、患者一人ひとりに最適化された治療を実現するための重要な要素です。これらの技術が進化することで、より多くのがん患者が適切な治療を受けられる未来が期待されています。

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がん免疫療法